写メ日記写メ日記
http://honesadi.web.fc2.com/index.html
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
GIVE and TAKE
SHINYA & MAI
「それで?」
ぐらぐらする頭で呆れた声を聞く。
視界はぼんやりしていて、眼鏡をかけた男を捉えた。
「原因は自覚してんだろうな?」
ガツンと容赦なくあたしの頭を叩いた彼はあたしの眠るベッドの端に座った。
ギシリ。
なんかエロい音。
と思っていたら口に出していたらしく、スパンとまた叩かれた。
「熱は?下がんねぇな。薬持ってきてやったから飲めよ」
「しん、やぁ」
そうか。熱があるからなのか。
喋るとたどたどしくなる口調を楽しんでいたあたしはようやくそれがどうしてなのか気付く。
とか思ってるうちに慎也が出した薬は粉薬で、あたしはゲッと眉を寄せてそっぽを向いた。
「コラ」
「漢方いやー苦いもん…!こないだの薬はぁ?」
「文句言うなっ追い出すぞ!?」
「ひとれなしぃー…」
ひとでなしと叫んだ言葉はまたうまく言えずに変な言葉になった。
ここは慎也の部屋。
「お前が風邪ひく度に世話させられる俺の気持ちになれ」
「え、あ、ちょっと慎也…」
慎也はあたしが起き上がれないように胸元を片手で抑えながら、あたしの上にのし掛かってきた。
身の危険を感じてあたしは足をバタバタさせる。
ベッドは慎也のだから、慎也の匂いがする。
近付いてきた慎也の体からも慎也の匂いがする。
眼鏡なんて彼は仕事してる時しかかけないけれど、あたしは割と眼鏡かけてる時の慎也はカッコいいと…
思っていたらその顔が至近距離で歪む。
擬音するならニヤリって感じ。
「オラ!飲めっ」
「ひゃあぁぁ」
頭の上で両手を拘束されて、鼻を摘まれて薬を口に流し込まれる。
こんなトコ慎也の親に見られたらかなりヤバいんじゃなかろうか。誤解されそう。
舌の上に乗った薬は早くも苦みを訴えてきて、うぇってしようとしたらそれより早くに慎也はあたしの口にペットボトルを突っ込んだ。
もう観念するしかない。
多分慎也が昨夜に飲んだままベッドヘッドに放置したものだと思われるそのミネラルウォーターは少し温くて、喉を滑るようにして流れていく。
一緒に半分溶け出した粉薬も流れていって不快ったらない。
「あんた…こんなことしてあたしの彼氏にバレたら殺されるよ…」
「昨日この寒空の中公園で抱き合ってた奴?」
「うぅんそれとは違う人。」
「じゃ彼氏に叱られんのはお前だバカ!」
また叩く。
男の子はみんなあたしに優しいけれど慎也は昔からあたしに厳しいね。
「どこがだ!俺がどんだけお前のフォローしてやってっと思ってんだ!」
「あぅー怒鳴んないでぇ頭痛いぃ」
またしても口に出ていたらしいあたしの思考は、ソッコー慎也に突っ込まれる。
それから慎也はため息をついた。
さっきまでとは打って変わって優しげな手つきであたしの額に触れる。
あたしが熱いからなのか、いつもコンピューターにしか触れていない慎也の手はとてもひんやりとしてあたしの神経に伝わった。
「もう寝てろ」
「慎也、お仕事?」
「おう。今からでかい取引に入るから、邪魔すんじゃねぇぞ」
眼鏡をかけ直して慎也はあたしに背を向けた。
椅子に座ってパソコンに目を戻してしまう。
慎也は株というのをやっているらしい。
いつもパソコンとにらめっこしてお金の取引とやらをしている。
あたしはさすがにこれ以上は迷惑をかけまいと思って素直に黙り込む。
パソコンに向かう慎也の後ろ姿を見つめながら。
あたしの家は共働きで、めったに家族がいない。
あたし自身もモデルの仕事をしているから普段は気にならないけれど、小さい頃こうして風邪をひいた時、一人で家にいるのは心細くて、いつも幼なじみでご近所の慎也の家に預けられた。
今は別にもう一人でも大丈夫な年だけど、だけどあたしは甘えん坊だから、今でも風邪をひけば慎也の家に来るのだ。
彼氏なんかよりよっぽど頼りになる慎也。
あ、今の思考だけは口に出してないといいな。
と目を閉じようとしたらその瞬間、慎也は赤い顔して振り返った。
あれ、聞こえちゃったかな。
「お前な!じっとこっち見てんなよっ」
「なんれわかったのぉ?」
「鏡に映ってんだよこのお馬鹿」
また馬鹿って言った。
確かにIQも言動も行動も慎也の方が上だけどだからと言って言い過ぎだ。
「いいじゃん…別に、なんも邪魔してないもん…」
「気が散るんだよ……ってあぁ!とられた!」
「え、マジ?だっさ慎也!」
「元気じゃねぇかお前!?」
あたしに構っていた慎也がばっとパソコンに目を戻してしまう。
そうか、見えてたのか。というかあの鏡、昨日まで別のところに置いてあったのにパソコンの横なんかに立てておくから見えちゃうんじゃない。
伏せるか元の場所に戻せばいいのに。
そんなことを思いながらあたしは不意にバイブしたケータイを手にとっていた。
新着メール2件。
一件は彼氏。明日会えない?だなんて、あたしの体調も浮気も知らずになんて呑気な男。
もう一件は親友、久美だった。
『風邪ひいたって?今からあたし大元んち行くから待ってて。みかんゼリー買ってきてあげる』
久美には風邪ひいただなんて言ってないはずなのに。
あたしはチラリと慎也をみた。
きっと慎也がメールしてくれたんだ。
「慎也、久美来てもいい?」
「しょうがねぇなぁ。どうせうち今親いねぇから勝手に上がって貰え」
そうわざとらしく言った慎也の耳がピクピクと動いた。
嘘をついた時の慎也の癖。
慎也が久美を呼んだ証拠だ。
きっと自分が仕事で忙しくてあたしの面倒見れないからなんだ。
じっと鏡の中の慎也を見つめていたら、ふいに目があった。
あぁなるほど。あたしはまたやっと気付いた。
後ろ向きになってあたしのことが見えないから、だからそこに鏡を置いたのね?
なんだか酷く嬉しくて熱に浮かされたあたしの体の中に、キラキラしたものが流れ込んでくる。
それは何故か涙に変わってじわりとあたしの目に浮かんだ。
気付かないで慎也。
これ以上心配かけたくないよ。
あたしは寝返りを打って、慎也から背を向けた。
涙が収まったらまたあなたの目の届くトコにいる為に、そちらを向くから。
「おい、大丈夫か?吐くか?」
「……乙女に向かって吐くとか…」
「んなら俺、ちょっとマジでこの取引成功させたいから集中すんな。久美が来んのあと1時間くらいだろ?来たら起こしてやっからマジで寝ちまえ」
「ん…」
慎也は分かりにくいな。
他の男の子はみんな優しいけど、慎也は昔から厳しいの。
でも、他の男の子より麻衣のこと、大切にしてくれるね。
そういえば昨日一昨日と公園で嫌々抱かれてた時も、気付いたらそこにいて、呆れた目であたしを叱って、連れ戻してくれた。
今日の朝、それで風邪ひいて電話したら、馬鹿って怒鳴った。
『すぐ向かえに行くからあったけぇかっこしてろ』
それからそう、優しい声で言ってくれた。
なんにもメリットがないのに世話してくれるのなんて、慎也だけだよ。
カタカタと、慎也がキーボードを打つ音が響いてる。
定期的なその音に眠気を誘われて、あたしはうとうとし始めた。
このまま慎也のキラキラに満たされて眠れたらきっと気持ちいいだろうな。
でもその前に涙を止めなきゃ。
あたしは眠りに落ちる淵で耐えて、ケータイを打った。
久美には、ありがとうと一言。
それから2週間付き合ったあたしの呑気な彼氏にはごめんねと。
「しんやぁ」
「んだよっ話しかけんなっ」
カタカタとキーボードを叩くのをそのままに慎也が返事する。
あたしは慎也の方を向かないまま、報告した。
「あたし、彼氏と別れたぁ」
一瞬、キーボードを打つ手が止まる。
どんな顔をしてるか気になって、涙をふいて慎也の方を向き直した。
「――そうか」
素っ気ない言葉。また始まるキーボードの音。
またあたしがすぐに彼氏を作るって分かってるんだろうな。
でも、鏡越しの彼の表情はほんの少しホッとして見えるから別れた甲斐があった。
その表情はまるであたしの父親であるかのような。
大丈夫だよ、心配しないで慎也。
あたしはどんなに悪いことしても、こうやっていつでもあなたの目の届く所に戻ってくるから。
あなたのあたしへの思いが恋じゃなくても、あなたが誰よりあたしを大切にしてくれる限り、いつでも。
とりあえず今は、久美が来るまであたしを包んでいてね。
恋する女にだけ見える、あなたのキラキラで。
お題11、ビスケットの星を君に。
つーか早く書きたいなぁ。GIVE and TAKE。
SHINYA & MAI
「それで?」
ぐらぐらする頭で呆れた声を聞く。
視界はぼんやりしていて、眼鏡をかけた男を捉えた。
「原因は自覚してんだろうな?」
ガツンと容赦なくあたしの頭を叩いた彼はあたしの眠るベッドの端に座った。
ギシリ。
なんかエロい音。
と思っていたら口に出していたらしく、スパンとまた叩かれた。
「熱は?下がんねぇな。薬持ってきてやったから飲めよ」
「しん、やぁ」
そうか。熱があるからなのか。
喋るとたどたどしくなる口調を楽しんでいたあたしはようやくそれがどうしてなのか気付く。
とか思ってるうちに慎也が出した薬は粉薬で、あたしはゲッと眉を寄せてそっぽを向いた。
「コラ」
「漢方いやー苦いもん…!こないだの薬はぁ?」
「文句言うなっ追い出すぞ!?」
「ひとれなしぃー…」
ひとでなしと叫んだ言葉はまたうまく言えずに変な言葉になった。
ここは慎也の部屋。
「お前が風邪ひく度に世話させられる俺の気持ちになれ」
「え、あ、ちょっと慎也…」
慎也はあたしが起き上がれないように胸元を片手で抑えながら、あたしの上にのし掛かってきた。
身の危険を感じてあたしは足をバタバタさせる。
ベッドは慎也のだから、慎也の匂いがする。
近付いてきた慎也の体からも慎也の匂いがする。
眼鏡なんて彼は仕事してる時しかかけないけれど、あたしは割と眼鏡かけてる時の慎也はカッコいいと…
思っていたらその顔が至近距離で歪む。
擬音するならニヤリって感じ。
「オラ!飲めっ」
「ひゃあぁぁ」
頭の上で両手を拘束されて、鼻を摘まれて薬を口に流し込まれる。
こんなトコ慎也の親に見られたらかなりヤバいんじゃなかろうか。誤解されそう。
舌の上に乗った薬は早くも苦みを訴えてきて、うぇってしようとしたらそれより早くに慎也はあたしの口にペットボトルを突っ込んだ。
もう観念するしかない。
多分慎也が昨夜に飲んだままベッドヘッドに放置したものだと思われるそのミネラルウォーターは少し温くて、喉を滑るようにして流れていく。
一緒に半分溶け出した粉薬も流れていって不快ったらない。
「あんた…こんなことしてあたしの彼氏にバレたら殺されるよ…」
「昨日この寒空の中公園で抱き合ってた奴?」
「うぅんそれとは違う人。」
「じゃ彼氏に叱られんのはお前だバカ!」
また叩く。
男の子はみんなあたしに優しいけれど慎也は昔からあたしに厳しいね。
「どこがだ!俺がどんだけお前のフォローしてやってっと思ってんだ!」
「あぅー怒鳴んないでぇ頭痛いぃ」
またしても口に出ていたらしいあたしの思考は、ソッコー慎也に突っ込まれる。
それから慎也はため息をついた。
さっきまでとは打って変わって優しげな手つきであたしの額に触れる。
あたしが熱いからなのか、いつもコンピューターにしか触れていない慎也の手はとてもひんやりとしてあたしの神経に伝わった。
「もう寝てろ」
「慎也、お仕事?」
「おう。今からでかい取引に入るから、邪魔すんじゃねぇぞ」
眼鏡をかけ直して慎也はあたしに背を向けた。
椅子に座ってパソコンに目を戻してしまう。
慎也は株というのをやっているらしい。
いつもパソコンとにらめっこしてお金の取引とやらをしている。
あたしはさすがにこれ以上は迷惑をかけまいと思って素直に黙り込む。
パソコンに向かう慎也の後ろ姿を見つめながら。
あたしの家は共働きで、めったに家族がいない。
あたし自身もモデルの仕事をしているから普段は気にならないけれど、小さい頃こうして風邪をひいた時、一人で家にいるのは心細くて、いつも幼なじみでご近所の慎也の家に預けられた。
今は別にもう一人でも大丈夫な年だけど、だけどあたしは甘えん坊だから、今でも風邪をひけば慎也の家に来るのだ。
彼氏なんかよりよっぽど頼りになる慎也。
あ、今の思考だけは口に出してないといいな。
と目を閉じようとしたらその瞬間、慎也は赤い顔して振り返った。
あれ、聞こえちゃったかな。
「お前な!じっとこっち見てんなよっ」
「なんれわかったのぉ?」
「鏡に映ってんだよこのお馬鹿」
また馬鹿って言った。
確かにIQも言動も行動も慎也の方が上だけどだからと言って言い過ぎだ。
「いいじゃん…別に、なんも邪魔してないもん…」
「気が散るんだよ……ってあぁ!とられた!」
「え、マジ?だっさ慎也!」
「元気じゃねぇかお前!?」
あたしに構っていた慎也がばっとパソコンに目を戻してしまう。
そうか、見えてたのか。というかあの鏡、昨日まで別のところに置いてあったのにパソコンの横なんかに立てておくから見えちゃうんじゃない。
伏せるか元の場所に戻せばいいのに。
そんなことを思いながらあたしは不意にバイブしたケータイを手にとっていた。
新着メール2件。
一件は彼氏。明日会えない?だなんて、あたしの体調も浮気も知らずになんて呑気な男。
もう一件は親友、久美だった。
『風邪ひいたって?今からあたし大元んち行くから待ってて。みかんゼリー買ってきてあげる』
久美には風邪ひいただなんて言ってないはずなのに。
あたしはチラリと慎也をみた。
きっと慎也がメールしてくれたんだ。
「慎也、久美来てもいい?」
「しょうがねぇなぁ。どうせうち今親いねぇから勝手に上がって貰え」
そうわざとらしく言った慎也の耳がピクピクと動いた。
嘘をついた時の慎也の癖。
慎也が久美を呼んだ証拠だ。
きっと自分が仕事で忙しくてあたしの面倒見れないからなんだ。
じっと鏡の中の慎也を見つめていたら、ふいに目があった。
あぁなるほど。あたしはまたやっと気付いた。
後ろ向きになってあたしのことが見えないから、だからそこに鏡を置いたのね?
なんだか酷く嬉しくて熱に浮かされたあたしの体の中に、キラキラしたものが流れ込んでくる。
それは何故か涙に変わってじわりとあたしの目に浮かんだ。
気付かないで慎也。
これ以上心配かけたくないよ。
あたしは寝返りを打って、慎也から背を向けた。
涙が収まったらまたあなたの目の届くトコにいる為に、そちらを向くから。
「おい、大丈夫か?吐くか?」
「……乙女に向かって吐くとか…」
「んなら俺、ちょっとマジでこの取引成功させたいから集中すんな。久美が来んのあと1時間くらいだろ?来たら起こしてやっからマジで寝ちまえ」
「ん…」
慎也は分かりにくいな。
他の男の子はみんな優しいけど、慎也は昔から厳しいの。
でも、他の男の子より麻衣のこと、大切にしてくれるね。
そういえば昨日一昨日と公園で嫌々抱かれてた時も、気付いたらそこにいて、呆れた目であたしを叱って、連れ戻してくれた。
今日の朝、それで風邪ひいて電話したら、馬鹿って怒鳴った。
『すぐ向かえに行くからあったけぇかっこしてろ』
それからそう、優しい声で言ってくれた。
なんにもメリットがないのに世話してくれるのなんて、慎也だけだよ。
カタカタと、慎也がキーボードを打つ音が響いてる。
定期的なその音に眠気を誘われて、あたしはうとうとし始めた。
このまま慎也のキラキラに満たされて眠れたらきっと気持ちいいだろうな。
でもその前に涙を止めなきゃ。
あたしは眠りに落ちる淵で耐えて、ケータイを打った。
久美には、ありがとうと一言。
それから2週間付き合ったあたしの呑気な彼氏にはごめんねと。
「しんやぁ」
「んだよっ話しかけんなっ」
カタカタとキーボードを叩くのをそのままに慎也が返事する。
あたしは慎也の方を向かないまま、報告した。
「あたし、彼氏と別れたぁ」
一瞬、キーボードを打つ手が止まる。
どんな顔をしてるか気になって、涙をふいて慎也の方を向き直した。
「――そうか」
素っ気ない言葉。また始まるキーボードの音。
またあたしがすぐに彼氏を作るって分かってるんだろうな。
でも、鏡越しの彼の表情はほんの少しホッとして見えるから別れた甲斐があった。
その表情はまるであたしの父親であるかのような。
大丈夫だよ、心配しないで慎也。
あたしはどんなに悪いことしても、こうやっていつでもあなたの目の届く所に戻ってくるから。
あなたのあたしへの思いが恋じゃなくても、あなたが誰よりあたしを大切にしてくれる限り、いつでも。
とりあえず今は、久美が来るまであたしを包んでいてね。
恋する女にだけ見える、あなたのキラキラで。
お題11、ビスケットの星を君に。
つーか早く書きたいなぁ。GIVE and TAKE。
PR
MUJUN
TAKA&IZUMI(in childhood)
時たま思い知らされる事実にいつでも焦る。
最初から彼女は彼のものだった。
僕には僕の、カナがいたというのに、あの時既に僕は間違った存在だったんだ。
「今日の夜は大浴場を使わせて貰う」
兄は言った。
食事の時間だった。
僕の家の食事は大抵晩餐会だ。そうでない時は僕も兄も別々に用意されたディナーを好きな時間に食べるだけ。
今日は地方から赴いた分家の叔父が一緒で、しかし、それでも父は一緒ではない。
母は離れた叔父に近いところに座り、ただにこにこと笑っている。彼女の顔を見たのは一月ぶりくらいだ。生きていたのか。
この屋敷の王は兄だ。
父は屋敷の奥にあるご殿の王で、めったに表の屋敷に顔を出さないから。
目の前には酷く煌びやかな食事が並んでいる。
僕は一言も喋らず、兄の言葉を聞いた。
叔父と母には声は届いていないようだった。
それくらいの距離で食事を取る。
ともすれば一人で食べているにも代わりはないのは、もう生まれた頃からのことだ。
今はこう遠い母の、その肌に触れて生まれてきたことさえ、僕には信じ難い。
遠い遠い人達だ。
僕にはこの数メートル先で食事をする兄でさえ遠いのだから。
僕は母と叔父を見やってから、兄に目線を戻した。
母は父のいる御殿で湯を使うし、叔父は帰るか広大な庭のどこかに建つマナーハウスに泊まるだろう。
無意味に広いあの大浴場を使う可能性があるとすれば僕だけ、ということだ。
「僕は使いません」
普段は悔しさからタメ口を聞く僕だが公式な(周囲をずらっと使用人が囲んでるし客もいる席だからね)場所では敬語を使う。
兄はふっと嫌みそうに笑ってから立ち上がった。
「義人、どこへ行くんです」
母が高い声を張り上げる。
母様には関係ありません。
兄はそう叫んで部屋を出た。
どんなにマナーのない行動でも屋敷の若旦那である義人の行動に逆らえる奴はいない。
血の濃さが何より権力であるこのニホンにおいて、我が家で最も濃く父の血を引く彼は絶対権力だ。
だからといって、僕は絶対に、権力に屈したりなどするものか。
「……………」
今は彼女を奪い去ることすら出来ないけれど。
食事を終えて自室へ帰ろうと歩いていた時のことだった。
僕の後ろにはお供が数人。僕の荷物やらを持って歩いている。
ここを通ったのは偶然だった。
大広間の食堂へ出向いたから、たまたま通り道にあったのだ。
例の大浴場は。
「……っや…!」
小さな声と共に、巨大なガラス戸の内側に張られた白いカーテンが揺れる。
と次の瞬間ガタリと音がして戸が揺れ、白いカーテン越しに誰かが背中を戸へ付けた。
真っ白な裸の肌が、濡れたカーテンに透けて、こちらへその体型を映し出している。
細く長い足に、ピンと張った尻、そこから怖いくらいになだらかに括れを描く腰。
それは、僕が欲して止まない兄のもの。
「それ、は…!無、理……ッ」
カーテン越しの彼女が部屋を出ようとガタガタと戸を揺らしている。
僕は足を止めた。
カーテン越しに大きな影が見える。
兄貴が近付いてきたのだろう。
びくりと萎縮する彼女。
割れるのではと思うくらいに強く影の両手が戸を叩き、彼女が身悶えた。
重なり合う影はきっと兄貴が彼女の唇を無理やり奪ったからで、その後カーテンに浮かんだ彼女の体が好き勝手にまさぐられ、蹂躙される様がよく見て取れた。
兄が大浴場を使うと言ったのはこの為だったのだ。
早く離れた方がいいだろう。
後ろの使用人が怪しんでいる。
やがて聞こえてきたのは甘い声で、僕は早くその場を離れたくて足を動かした。
彼女は僕らにとっての毒だった。
奴隷収集家の兄が彼女に固執する余りに彼女を壊してしまいそうなのを知っている。
歯止めが効かなくなりどんどんエスカレートしていることも、忘れられた地下の奴隷の何人かが餓死していることも。
彼女は僕をも狂わせる。
何かを欲しいと思ったことのない敬虔な天使狂の僕さえも。
「いやっ」
ねぇ、イズミ。
君って女は全く、恐ろしいよ。
高く濡れた声でイズミが叫んで、同時にガラス戸が開く。
ぶわりとカーテンが舞う中、イズミが姿を見せる。
これなら足を止めても怪しまれないだろうと僕は進みかけた歩みを止めた。
イズミが僕を捉える。
しかしそれは一瞬のことで、彼女は一度後ろを振り返ってから身に纏わりつくカーテンを引き裂いて纏わったまま走り去った。
裸足の足が綺麗だと僕は呆けて見つめた。
がそれもすぐに出来なくなる。
イズミの消えた大浴場から、大きな図体の男が出てきたことで。
イズミに逃げられて、物凄く不機嫌だ。
今にも人を殺しそうな目付きで周囲を一蹴し、それから手に持っていた縄を勢いよくガラスへ打ち付けた。
ガラスが砕け散る。
僕の後ろで使用人が悲鳴を上げたが僕には慣れていることでため息をついた。
「あっち」
仕方なく僕は助け舟を出す。
「あっちへ走っていったよ。そういえばあの子、湖脇のガーデンハウスに隠れるのが好きだったからなぁ」
兄は大きな声で大浴場にいた兄付きの使用人に怒鳴った。
「捕まえろ!二時間で捕まらなかったら懲罰だ」
ヒッと萎縮しきった悲鳴が聞こえ、次の瞬間部屋の中から数人の男が飛び出し、出て行った。
兄も僕が指差した方向へ向かう。ギロリと僕を睨み付けながら。
きっと彼は病気なのだ。と僕は思っている。
「鷹人おぼっちゃま…」
もちろん
「シィ…」
僕が助け舟を出したのはイズミに、だ。
困った声を上げる僕付きの使用人を指を唇に立てた子供のような仕草で黙らせてから、僕は歩き出す。
今夜はあと寝るだけだと思っていたが、思わぬイベントが待っているようだった。
自然と早足になるのを堪えきれずに僕は自室へ向かった。
角を曲がったところの階段で、キャメルがピンと背を張って座り込んでいる。しめたものだ。
「レディが迎えに来たから、ここまででいいよ。荷物を頂戴?」
後ろの使用人をそんな言葉で追い払えば、僕はキャメルに荷物を任せて、走り出す。
階段を上がった先はプライベートルームだから、きっと余計な使用人はほっつき歩いていないはずだ。
両端には3階と繋がっている僕達のメゾネットルームが、その間には書庫、レコードルーム、インテリアルーム、オーディオルームなどの趣味の部屋がいくつも連なる。
中には酒を楽しむ為の部屋やちょっとしたダーツやルーレットやビリヤード台などのあるプレイルームも含んでいてその辺は僕も使うが大抵の部屋は主である兄の部屋だ。
鍵は大抵閉まっていて使用人がいなければ入れない。
と、その一角の給湯室に、影が見えた。
給湯室とは一階に続く小さなエレベーターがあるドアのない小さな部屋で、そのエレベーターを使い、使用人が僕達への朝食やお茶を運ぶ為にあるものだ。
小さなキッチンと鍵付きの冷蔵庫に食器を洗う機械がおいてあるだけのもの。
僕は走ってきて、そこを覗き込んだ。
「イズミ」
シンクに手をつき、首を落としていた彼女がパッと顔を上げる。
カーテンを巻き付けただけの体が壊れそうな程震えてるのが分かった。
腕もそれは同じでシンクを揺らしている。
「タカ…」
彼女は僕のことをタカと呼ぶ。
鷹人様と言われるのが嫌で呼び捨てにしろと言ったらそう呼び始めたのだった。
彼女にしか使われない愛称というのはなかなか心地よかった。
周囲に人がいないのを確認して、僕は飛び付くようにして彼女を抱き締めた。
ふわりと香る蜂蜜のような甘い香りはいつもの彼女の香りで、それにどうしようもなく心の中の何かを掻き立てられる。
「兄貴なら二時間は帰ってこないよ。あの人は馬鹿だから」
抱き締めながらそう囁いてやると彼女のガチガチになった全身から力が抜けるのが分かった。
僕はスーツのジャケットを脱いで彼女に着せてやる。
彼女は黙ったまま僕の肩に頭を預けた。
その頭を撫でてやるとまだ震えている体はまた力を抜いたようで、今度は膝を折ってしまう。
僕よりだいぶ下になった目線が上目遣いに僕を捉える。
震える瞼。
どうして自分がこんな目に会うのかともう何年も自らに問いてきたことを胸の内に追いやって。
彼女は涙を堪えている。
僕は彼女の両脇に腕を差し込んで立たせて、その体をシンクへ押し付けた。
我慢出来ずにその唇に食らいつく。
「ダメ…ッ」
が,彼女の小さな声と胸を押し返す手によって阻止される。
数センチのところまで近付いた僕の唇が戦慄く。
押し返される肩をそのままに首を伸ばして口付けを強請るが、今度は顔を背けて彼女は拒否した。
行き場がなくて、僕は疼く唇を舐めた。
分かっている。
こんなところを見られでもしたら僕達に命はない。
「イズミ…したい…」
声が掠れる。
僕はあまりに必死そうで、少しみっともないかもしれない。
久々に近くで見て触れたイズミに、僕は全身の毛が逆立つのを感じていた。
「だ、め」
まだ何もしていないのに、走ったからとは違う息の荒さ。
兄貴とお揃いの彼女の金の瞳の中で、僕の瞳の銀は瞳孔を全開にした。
続きますo
お題12.「金と銀の狭間で揺れる王冠」でした。
TAKA&IZUMI(in childhood)
時たま思い知らされる事実にいつでも焦る。
最初から彼女は彼のものだった。
僕には僕の、カナがいたというのに、あの時既に僕は間違った存在だったんだ。
「今日の夜は大浴場を使わせて貰う」
兄は言った。
食事の時間だった。
僕の家の食事は大抵晩餐会だ。そうでない時は僕も兄も別々に用意されたディナーを好きな時間に食べるだけ。
今日は地方から赴いた分家の叔父が一緒で、しかし、それでも父は一緒ではない。
母は離れた叔父に近いところに座り、ただにこにこと笑っている。彼女の顔を見たのは一月ぶりくらいだ。生きていたのか。
この屋敷の王は兄だ。
父は屋敷の奥にあるご殿の王で、めったに表の屋敷に顔を出さないから。
目の前には酷く煌びやかな食事が並んでいる。
僕は一言も喋らず、兄の言葉を聞いた。
叔父と母には声は届いていないようだった。
それくらいの距離で食事を取る。
ともすれば一人で食べているにも代わりはないのは、もう生まれた頃からのことだ。
今はこう遠い母の、その肌に触れて生まれてきたことさえ、僕には信じ難い。
遠い遠い人達だ。
僕にはこの数メートル先で食事をする兄でさえ遠いのだから。
僕は母と叔父を見やってから、兄に目線を戻した。
母は父のいる御殿で湯を使うし、叔父は帰るか広大な庭のどこかに建つマナーハウスに泊まるだろう。
無意味に広いあの大浴場を使う可能性があるとすれば僕だけ、ということだ。
「僕は使いません」
普段は悔しさからタメ口を聞く僕だが公式な(周囲をずらっと使用人が囲んでるし客もいる席だからね)場所では敬語を使う。
兄はふっと嫌みそうに笑ってから立ち上がった。
「義人、どこへ行くんです」
母が高い声を張り上げる。
母様には関係ありません。
兄はそう叫んで部屋を出た。
どんなにマナーのない行動でも屋敷の若旦那である義人の行動に逆らえる奴はいない。
血の濃さが何より権力であるこのニホンにおいて、我が家で最も濃く父の血を引く彼は絶対権力だ。
だからといって、僕は絶対に、権力に屈したりなどするものか。
「……………」
今は彼女を奪い去ることすら出来ないけれど。
食事を終えて自室へ帰ろうと歩いていた時のことだった。
僕の後ろにはお供が数人。僕の荷物やらを持って歩いている。
ここを通ったのは偶然だった。
大広間の食堂へ出向いたから、たまたま通り道にあったのだ。
例の大浴場は。
「……っや…!」
小さな声と共に、巨大なガラス戸の内側に張られた白いカーテンが揺れる。
と次の瞬間ガタリと音がして戸が揺れ、白いカーテン越しに誰かが背中を戸へ付けた。
真っ白な裸の肌が、濡れたカーテンに透けて、こちらへその体型を映し出している。
細く長い足に、ピンと張った尻、そこから怖いくらいになだらかに括れを描く腰。
それは、僕が欲して止まない兄のもの。
「それ、は…!無、理……ッ」
カーテン越しの彼女が部屋を出ようとガタガタと戸を揺らしている。
僕は足を止めた。
カーテン越しに大きな影が見える。
兄貴が近付いてきたのだろう。
びくりと萎縮する彼女。
割れるのではと思うくらいに強く影の両手が戸を叩き、彼女が身悶えた。
重なり合う影はきっと兄貴が彼女の唇を無理やり奪ったからで、その後カーテンに浮かんだ彼女の体が好き勝手にまさぐられ、蹂躙される様がよく見て取れた。
兄が大浴場を使うと言ったのはこの為だったのだ。
早く離れた方がいいだろう。
後ろの使用人が怪しんでいる。
やがて聞こえてきたのは甘い声で、僕は早くその場を離れたくて足を動かした。
彼女は僕らにとっての毒だった。
奴隷収集家の兄が彼女に固執する余りに彼女を壊してしまいそうなのを知っている。
歯止めが効かなくなりどんどんエスカレートしていることも、忘れられた地下の奴隷の何人かが餓死していることも。
彼女は僕をも狂わせる。
何かを欲しいと思ったことのない敬虔な天使狂の僕さえも。
「いやっ」
ねぇ、イズミ。
君って女は全く、恐ろしいよ。
高く濡れた声でイズミが叫んで、同時にガラス戸が開く。
ぶわりとカーテンが舞う中、イズミが姿を見せる。
これなら足を止めても怪しまれないだろうと僕は進みかけた歩みを止めた。
イズミが僕を捉える。
しかしそれは一瞬のことで、彼女は一度後ろを振り返ってから身に纏わりつくカーテンを引き裂いて纏わったまま走り去った。
裸足の足が綺麗だと僕は呆けて見つめた。
がそれもすぐに出来なくなる。
イズミの消えた大浴場から、大きな図体の男が出てきたことで。
イズミに逃げられて、物凄く不機嫌だ。
今にも人を殺しそうな目付きで周囲を一蹴し、それから手に持っていた縄を勢いよくガラスへ打ち付けた。
ガラスが砕け散る。
僕の後ろで使用人が悲鳴を上げたが僕には慣れていることでため息をついた。
「あっち」
仕方なく僕は助け舟を出す。
「あっちへ走っていったよ。そういえばあの子、湖脇のガーデンハウスに隠れるのが好きだったからなぁ」
兄は大きな声で大浴場にいた兄付きの使用人に怒鳴った。
「捕まえろ!二時間で捕まらなかったら懲罰だ」
ヒッと萎縮しきった悲鳴が聞こえ、次の瞬間部屋の中から数人の男が飛び出し、出て行った。
兄も僕が指差した方向へ向かう。ギロリと僕を睨み付けながら。
きっと彼は病気なのだ。と僕は思っている。
「鷹人おぼっちゃま…」
もちろん
「シィ…」
僕が助け舟を出したのはイズミに、だ。
困った声を上げる僕付きの使用人を指を唇に立てた子供のような仕草で黙らせてから、僕は歩き出す。
今夜はあと寝るだけだと思っていたが、思わぬイベントが待っているようだった。
自然と早足になるのを堪えきれずに僕は自室へ向かった。
角を曲がったところの階段で、キャメルがピンと背を張って座り込んでいる。しめたものだ。
「レディが迎えに来たから、ここまででいいよ。荷物を頂戴?」
後ろの使用人をそんな言葉で追い払えば、僕はキャメルに荷物を任せて、走り出す。
階段を上がった先はプライベートルームだから、きっと余計な使用人はほっつき歩いていないはずだ。
両端には3階と繋がっている僕達のメゾネットルームが、その間には書庫、レコードルーム、インテリアルーム、オーディオルームなどの趣味の部屋がいくつも連なる。
中には酒を楽しむ為の部屋やちょっとしたダーツやルーレットやビリヤード台などのあるプレイルームも含んでいてその辺は僕も使うが大抵の部屋は主である兄の部屋だ。
鍵は大抵閉まっていて使用人がいなければ入れない。
と、その一角の給湯室に、影が見えた。
給湯室とは一階に続く小さなエレベーターがあるドアのない小さな部屋で、そのエレベーターを使い、使用人が僕達への朝食やお茶を運ぶ為にあるものだ。
小さなキッチンと鍵付きの冷蔵庫に食器を洗う機械がおいてあるだけのもの。
僕は走ってきて、そこを覗き込んだ。
「イズミ」
シンクに手をつき、首を落としていた彼女がパッと顔を上げる。
カーテンを巻き付けただけの体が壊れそうな程震えてるのが分かった。
腕もそれは同じでシンクを揺らしている。
「タカ…」
彼女は僕のことをタカと呼ぶ。
鷹人様と言われるのが嫌で呼び捨てにしろと言ったらそう呼び始めたのだった。
彼女にしか使われない愛称というのはなかなか心地よかった。
周囲に人がいないのを確認して、僕は飛び付くようにして彼女を抱き締めた。
ふわりと香る蜂蜜のような甘い香りはいつもの彼女の香りで、それにどうしようもなく心の中の何かを掻き立てられる。
「兄貴なら二時間は帰ってこないよ。あの人は馬鹿だから」
抱き締めながらそう囁いてやると彼女のガチガチになった全身から力が抜けるのが分かった。
僕はスーツのジャケットを脱いで彼女に着せてやる。
彼女は黙ったまま僕の肩に頭を預けた。
その頭を撫でてやるとまだ震えている体はまた力を抜いたようで、今度は膝を折ってしまう。
僕よりだいぶ下になった目線が上目遣いに僕を捉える。
震える瞼。
どうして自分がこんな目に会うのかともう何年も自らに問いてきたことを胸の内に追いやって。
彼女は涙を堪えている。
僕は彼女の両脇に腕を差し込んで立たせて、その体をシンクへ押し付けた。
我慢出来ずにその唇に食らいつく。
「ダメ…ッ」
が,彼女の小さな声と胸を押し返す手によって阻止される。
数センチのところまで近付いた僕の唇が戦慄く。
押し返される肩をそのままに首を伸ばして口付けを強請るが、今度は顔を背けて彼女は拒否した。
行き場がなくて、僕は疼く唇を舐めた。
分かっている。
こんなところを見られでもしたら僕達に命はない。
「イズミ…したい…」
声が掠れる。
僕はあまりに必死そうで、少しみっともないかもしれない。
久々に近くで見て触れたイズミに、僕は全身の毛が逆立つのを感じていた。
「だ、め」
まだ何もしていないのに、走ったからとは違う息の荒さ。
兄貴とお揃いの彼女の金の瞳の中で、僕の瞳の銀は瞳孔を全開にした。
続きますo
お題12.「金と銀の狭間で揺れる王冠」でした。
GIVE and TAKE
AKI&NAOTO&REO
その日は凄く爽やかな匂いがした。
水色に光り続ける空。夏はもうすぐで、少し強いけど軽い風が広い草原を通り抜けて。
川に続いてる芝生は綺麗な緑色で、この周辺に住んでるガキが遠くはしゃぐ声がする。
白い雲が細く放射状に伸びていて、水のせせらぎも気持ちいい。
みんなみんな、この風景の中ご機嫌だった。
年に一度あるかないかという素晴らしい日に、だけれども亜樹の心は全然ご機嫌じゃない。
確かに夏は近いけれど少し涼しい風はずっとあたり続けてたらなんだか少し寒くなってきて、思わず肩を震わせた。
考えてみたら、亜樹はもう4時間もこの斜面に座り込んでるのだ。
もうすぐ5時。だんだんと日も影る頃。
そろそろ帰るか場所を移動するかしないとなぁっては思ってるけど、なかなか行動に移せないでいる。
まず帰る気はない。
過保護なパパとママとお姉ちゃん達はすごく心配してるかもだけど、亜樹が悪い子だっていうのは分かってるからきっと探しに来たりとかまではしない。
もしかしたら三上姐さんとかには連絡してるかもしれないけれど。
でも今日は姐さんにはどこ行くか言ってないから大丈夫。
移動…はしてもいいけど(あったかいとこにね)、でもなんだかまだここにいたい気分。
最悪な気分が、こんな最高なとこにいたら少しはなくなるんじゃないかなぁって思うんだ。
まぁそう思って4時間いてもダメなんだけど。
考えてたらまた思い出しちゃって、涙がじんわりしてくる。
もう、こうやって泣いたりするから亜樹は子供だって言われるのに。
堪えようと思って俯く。
爽やかな午後。
どんより曇った亜樹の心。
すると、空気には似合ってるけれど亜樹の心には似合わない爽やかな声がした。
「大河内!」
亜樹を呼ぶ声。
それがあんまりにもおっきい声だから、びっくりして亜樹の涙は止まってしまった。
振り返るとそこには直ちゃんがいた。
「直ちゃん言うなっつぅの!何してんだよこんなトコで?」
…訂正、クラスメートの原田直人君。
亜樹ってば今テンション最悪なのに、なんて鬱陶しい人にあっちゃったんだろう。
「べっつに!」
「わっひっかくなよ!お前猫じゃねぇんだから!」
別に座っていいなんて言ってないのに直ちゃんは亜樹の隣に座った。
直ちゃんは犬の散歩中だったみたいで、直ちゃんとおんなじででっかいゴールデンレトリバーが草原を駆け回る。
それを見たらなんかまた涙が出そう。
「…直ちゃんのバカ。なんで亜樹はこんなちっちゃいままなの?」
「はぁ?なんで俺がバカなんだよ!?」
「直ちゃんがバカなのは本当でしょおー?だってこないだのテストも2点だったじゃん!」
「お前だって3点じゃねーか!」
直ちゃんに怒鳴られて、亜樹はまた悲しくなってきて体育座りした膝に顔を埋めた。
そしたらフェミ…フェマ…フェミニ…?フエマニアな直ちゃんは慌てたみたいでおどおどした声を出して亜樹の背中だとか頭だとかをなでなでする。
また子供扱いされてる!亜樹は怒りたかったけど、でも優しくされてるのがくすぐったくて大人しく膝に顔を押し付けてた。
亜樹と直ちゃんはクラスで一番を争う馬鹿で、よく新藤君にあまり馬鹿過ぎると退学にされる!って言われて勉強させられてる。
いつもはこれに零央ちゃんこと鮎川零央君が一緒で、みんなからは馬鹿トリオなんて言われたりしてるんだけど。
「あっれ、大河内と原田じゃん!」
………って思ってたら零央ちゃんも来た。
零央ちゃんは空気読めないしオタクだしチャラ男だし気持ち悪いしこないだのテスト0点だし会いたくなかったなぁ(F組ではわざと0点取る人もいたけど零央ちゃんは本気でやって0点なのだ!)。
「うげっお前香水くさっ」
「へっへーんさっきまでディスコで踊っててさぁー」
「バべルかよ!キモイよ零央ちゃん!」
直ちゃんはともかく零央ちゃんと…なんてすっごく不本意だけど、なんだかんだで仲良しな3人組です。
とっさにバベルって言ったけど、なんか違うかも?
「バべルって何ー?」
「腕鍛える奴じゃね!?」
正しくはバブルで、バベルは塔の名前で、腕鍛えるのはバーベルなんだけど、亜樹達はバカだからそんなことは知らない。
零央ちゃんはお酒臭くてタバコ臭くておまけに香水臭くて、とてもじゃないけど隣にはいて欲しくなかったから少し離れたとこに座らせた(直ちゃんの犬が近寄ってこれない臭さ!)。
…それに零央ちゃんいると貧乳萌え~とか言って抱き付いてきたりして気持ち悪いし。
「で?なんで集合してんの?」
空気読めない零央ちゃんは重たい雰囲気(まぁ亜樹だけだけど)なのにしつこくねぇねぇって聞いてくる。
反対側の隣では直ちゃんが「気分悪いなら叫べ!気持ちいいぞうおおおお!」とかやってて鬱陶しいし、本当にもう、この二人にだけは今は会いたくなかったよ。
「鮎川!大河内は今すっげぇご機嫌ななめなの!ぽっとしとこうぜ」
…直ちゃんも大概空気読めないよね。しかもそっとしとこうぜって間違ってるし(ご機嫌ななめとか子供扱いしないで!)。
もうやだ。しんみり出来なくなっちゃった。
亜樹が溜め息ついてたら更に空気読めない零央ちゃんの馬鹿が、言っちゃいけないことを言った。
「え、何。亜樹チャン男にふられちゃったんでちゅかぁ~」
こんのKY馬鹿!!!!!
バッて全身の毛が逆立つ感じがした。背中がピンて伸びたから、二人はびっくりして亜樹のことを見る。
「…………あり?図星?」
もうそれ以上喋らないで!
でもこんな反応しちゃって、まさかバレないはずがなくて、そう思ったら怒るっていうか、しゅんってしちゃって、亜樹は俯いた。
「…亜樹ね、子供過ぎて我が儘で手がかかって、もう嫌だってシイ君が言ったの」
本当は今日、デートをしてるはずだった。
付き合って1ヶ月しか経ってないのにもうふられてしまった。
そのまま帰るのも嫌で、ずっとぼーっとしてたんだ。
別に、本当は亜樹はシイ君のことそんなに好きじゃなかった。
でも、シイ君が亜樹のこと好きって言って1ヶ月ずっと好き好きって言うから、亜樹もシイ君のこと好きになったのに。
好きにさせておいて今更捨てるのなんて酷い。
「確かに大河内我が儘だもんなー!」
「…でも我が儘でいいってシイ君言ったもん」
やっぱりデリカシーのない零央ちゃんはアハハッて笑って、亜樹の方に近寄ってくる。
さりげなく逃げてから、亜樹はもう一度俯いた。
「悲しいよぅ…」
これで同じようにふられたのは何度目だろう。
亜樹の背がもう少し高かったら違ったのかな。
亜樹がもう少し馬鹿じゃなかったら違ったのかな。
亜樹が妹じゃなくてお姉ちゃんだったら違ったのかな。
亜樹が我が儘なのは知ってる。
でも、グタイテキにどこが我が儘だったのか分かんないの。
突然突き放されても、何が悪いのか分かんないの。
だって子供だもん。馬鹿だもん。
ただ悲しいの。
「お、おい~泣くなよぉ~」
自分で追い討ちかけといて亜樹がしゃくりはじめたら零央ちゃんが慌てだした。
直ちゃんも慌てて、直ちゃんの犬も不思議そうに亜樹の顔を見てる。
「お…俺だっていつもふられてるし!」
零央ちゃんなりに励ましてくれようとしたのか零央ちゃんがそう叫ぶ。
そういえば!って思ったら思わず顔を上げちゃって、涙でぐちゃぐちゃな亜樹の顔を見て零央ちゃんが笑った。
「くるみにもいつもキモいって言われて逃げられるしさぁ、林原センセーも相手にしてくんないだろぉ?今日だって沢山女の子にふられてきたよ!」
「でも零央ちゃんはみんな本気じゃないじゃん…」
簡単に慰められるのが嫌で、亜樹はフンって鼻を鳴らして零央ちゃんから目を逸らす。
すると視界に入った直ちゃんも手を上げた。
「俺も俺も!俺だって麻衣にいっつもアタックしてんのに相手にされねぇぞ!俺はいつだって本気なのに!」
確かに直ちゃんは本気だけど…だって麻衣には好きな人がいるからしょーがないじゃん(直ちゃんは知らないけど)。
亜樹はまたフンってして、正面に座ってた犬に飛び付く。
柔らかい毛に顔を埋めるとあったかくてなんだか落ち着いた。
「また好きな人作りゃいいじゃん」
「そんな簡単なことじゃないんですぅ」
「大河内!根性だ!熱くアタックし続ければいつかは…!」
「亜樹は直ちゃんとは違うんですぅ」
犬の毛並みの中から空が見える。
太陽が黄色く輝いてる。
もうすぐ夕方だ。
爽やかな午後。爽やかな匂い。
でも亜樹の心は全然爽やかじゃないはずだったのに。
なんだか匂いに負けて顔がにやけてしまいそうだ。
「大河内ぃ~機嫌直せよぉ」
「新藤が言ってたぞ!ノーヤク口に苦いッスって!シイ君とやらはきっと大河内のいい農薬になったって!」
「農薬って野菜じゃん。大河内は野菜じゃねぇよ?」
「それでいいんだよ!なんかこんなこと言うのが頭良いんだよ」
「待ってろよぉ、今俺が農薬買ってきてやるからそれ飲めば…(死にます)」
正しくは良薬口に苦しなんだけど、亜樹達はバカだから分かんない。
でもあんまりにも零央ちゃんと直ちゃんがバカだから、なんか亜樹もバカのまんまでいいかもしれない。
凄くくだらないことで悩んでたような気になってきた。
空はだんだんピンク色に染まってくる。今日は夕焼けまでが爽やかだ。
子供はみんな帰る時間。
あと少しだけここにいたら、亜樹の心も完全に負けて、爽やかになる気がする。
「直ちゃん、零央ちゃん」
亜樹は鼻が詰まった情けない声で二人を呼んだ。
両側からハイッ!て返事が聞こえる。
二人ともバカでバカで仕方ないのに、亜樹のこと慰めようって頑張ってくれてるんだ。
「あそこまでお空が全部ピンクになるまで、一緒にいてくれる…?」
そしたらきっと亜樹もまた元気になれるよ。
二人はバカらしく、おうよ!ってでっかい声で返事した。
13.ピンク色の空まで。
なんかこういうバカな人達のやりとりが好きだ。
日常生活に支障ある程言語能力がない。
AKI&NAOTO&REO
その日は凄く爽やかな匂いがした。
水色に光り続ける空。夏はもうすぐで、少し強いけど軽い風が広い草原を通り抜けて。
川に続いてる芝生は綺麗な緑色で、この周辺に住んでるガキが遠くはしゃぐ声がする。
白い雲が細く放射状に伸びていて、水のせせらぎも気持ちいい。
みんなみんな、この風景の中ご機嫌だった。
年に一度あるかないかという素晴らしい日に、だけれども亜樹の心は全然ご機嫌じゃない。
確かに夏は近いけれど少し涼しい風はずっとあたり続けてたらなんだか少し寒くなってきて、思わず肩を震わせた。
考えてみたら、亜樹はもう4時間もこの斜面に座り込んでるのだ。
もうすぐ5時。だんだんと日も影る頃。
そろそろ帰るか場所を移動するかしないとなぁっては思ってるけど、なかなか行動に移せないでいる。
まず帰る気はない。
過保護なパパとママとお姉ちゃん達はすごく心配してるかもだけど、亜樹が悪い子だっていうのは分かってるからきっと探しに来たりとかまではしない。
もしかしたら三上姐さんとかには連絡してるかもしれないけれど。
でも今日は姐さんにはどこ行くか言ってないから大丈夫。
移動…はしてもいいけど(あったかいとこにね)、でもなんだかまだここにいたい気分。
最悪な気分が、こんな最高なとこにいたら少しはなくなるんじゃないかなぁって思うんだ。
まぁそう思って4時間いてもダメなんだけど。
考えてたらまた思い出しちゃって、涙がじんわりしてくる。
もう、こうやって泣いたりするから亜樹は子供だって言われるのに。
堪えようと思って俯く。
爽やかな午後。
どんより曇った亜樹の心。
すると、空気には似合ってるけれど亜樹の心には似合わない爽やかな声がした。
「大河内!」
亜樹を呼ぶ声。
それがあんまりにもおっきい声だから、びっくりして亜樹の涙は止まってしまった。
振り返るとそこには直ちゃんがいた。
「直ちゃん言うなっつぅの!何してんだよこんなトコで?」
…訂正、クラスメートの原田直人君。
亜樹ってば今テンション最悪なのに、なんて鬱陶しい人にあっちゃったんだろう。
「べっつに!」
「わっひっかくなよ!お前猫じゃねぇんだから!」
別に座っていいなんて言ってないのに直ちゃんは亜樹の隣に座った。
直ちゃんは犬の散歩中だったみたいで、直ちゃんとおんなじででっかいゴールデンレトリバーが草原を駆け回る。
それを見たらなんかまた涙が出そう。
「…直ちゃんのバカ。なんで亜樹はこんなちっちゃいままなの?」
「はぁ?なんで俺がバカなんだよ!?」
「直ちゃんがバカなのは本当でしょおー?だってこないだのテストも2点だったじゃん!」
「お前だって3点じゃねーか!」
直ちゃんに怒鳴られて、亜樹はまた悲しくなってきて体育座りした膝に顔を埋めた。
そしたらフェミ…フェマ…フェミニ…?フエマニアな直ちゃんは慌てたみたいでおどおどした声を出して亜樹の背中だとか頭だとかをなでなでする。
また子供扱いされてる!亜樹は怒りたかったけど、でも優しくされてるのがくすぐったくて大人しく膝に顔を押し付けてた。
亜樹と直ちゃんはクラスで一番を争う馬鹿で、よく新藤君にあまり馬鹿過ぎると退学にされる!って言われて勉強させられてる。
いつもはこれに零央ちゃんこと鮎川零央君が一緒で、みんなからは馬鹿トリオなんて言われたりしてるんだけど。
「あっれ、大河内と原田じゃん!」
………って思ってたら零央ちゃんも来た。
零央ちゃんは空気読めないしオタクだしチャラ男だし気持ち悪いしこないだのテスト0点だし会いたくなかったなぁ(F組ではわざと0点取る人もいたけど零央ちゃんは本気でやって0点なのだ!)。
「うげっお前香水くさっ」
「へっへーんさっきまでディスコで踊っててさぁー」
「バべルかよ!キモイよ零央ちゃん!」
直ちゃんはともかく零央ちゃんと…なんてすっごく不本意だけど、なんだかんだで仲良しな3人組です。
とっさにバベルって言ったけど、なんか違うかも?
「バべルって何ー?」
「腕鍛える奴じゃね!?」
正しくはバブルで、バベルは塔の名前で、腕鍛えるのはバーベルなんだけど、亜樹達はバカだからそんなことは知らない。
零央ちゃんはお酒臭くてタバコ臭くておまけに香水臭くて、とてもじゃないけど隣にはいて欲しくなかったから少し離れたとこに座らせた(直ちゃんの犬が近寄ってこれない臭さ!)。
…それに零央ちゃんいると貧乳萌え~とか言って抱き付いてきたりして気持ち悪いし。
「で?なんで集合してんの?」
空気読めない零央ちゃんは重たい雰囲気(まぁ亜樹だけだけど)なのにしつこくねぇねぇって聞いてくる。
反対側の隣では直ちゃんが「気分悪いなら叫べ!気持ちいいぞうおおおお!」とかやってて鬱陶しいし、本当にもう、この二人にだけは今は会いたくなかったよ。
「鮎川!大河内は今すっげぇご機嫌ななめなの!ぽっとしとこうぜ」
…直ちゃんも大概空気読めないよね。しかもそっとしとこうぜって間違ってるし(ご機嫌ななめとか子供扱いしないで!)。
もうやだ。しんみり出来なくなっちゃった。
亜樹が溜め息ついてたら更に空気読めない零央ちゃんの馬鹿が、言っちゃいけないことを言った。
「え、何。亜樹チャン男にふられちゃったんでちゅかぁ~」
こんのKY馬鹿!!!!!
バッて全身の毛が逆立つ感じがした。背中がピンて伸びたから、二人はびっくりして亜樹のことを見る。
「…………あり?図星?」
もうそれ以上喋らないで!
でもこんな反応しちゃって、まさかバレないはずがなくて、そう思ったら怒るっていうか、しゅんってしちゃって、亜樹は俯いた。
「…亜樹ね、子供過ぎて我が儘で手がかかって、もう嫌だってシイ君が言ったの」
本当は今日、デートをしてるはずだった。
付き合って1ヶ月しか経ってないのにもうふられてしまった。
そのまま帰るのも嫌で、ずっとぼーっとしてたんだ。
別に、本当は亜樹はシイ君のことそんなに好きじゃなかった。
でも、シイ君が亜樹のこと好きって言って1ヶ月ずっと好き好きって言うから、亜樹もシイ君のこと好きになったのに。
好きにさせておいて今更捨てるのなんて酷い。
「確かに大河内我が儘だもんなー!」
「…でも我が儘でいいってシイ君言ったもん」
やっぱりデリカシーのない零央ちゃんはアハハッて笑って、亜樹の方に近寄ってくる。
さりげなく逃げてから、亜樹はもう一度俯いた。
「悲しいよぅ…」
これで同じようにふられたのは何度目だろう。
亜樹の背がもう少し高かったら違ったのかな。
亜樹がもう少し馬鹿じゃなかったら違ったのかな。
亜樹が妹じゃなくてお姉ちゃんだったら違ったのかな。
亜樹が我が儘なのは知ってる。
でも、グタイテキにどこが我が儘だったのか分かんないの。
突然突き放されても、何が悪いのか分かんないの。
だって子供だもん。馬鹿だもん。
ただ悲しいの。
「お、おい~泣くなよぉ~」
自分で追い討ちかけといて亜樹がしゃくりはじめたら零央ちゃんが慌てだした。
直ちゃんも慌てて、直ちゃんの犬も不思議そうに亜樹の顔を見てる。
「お…俺だっていつもふられてるし!」
零央ちゃんなりに励ましてくれようとしたのか零央ちゃんがそう叫ぶ。
そういえば!って思ったら思わず顔を上げちゃって、涙でぐちゃぐちゃな亜樹の顔を見て零央ちゃんが笑った。
「くるみにもいつもキモいって言われて逃げられるしさぁ、林原センセーも相手にしてくんないだろぉ?今日だって沢山女の子にふられてきたよ!」
「でも零央ちゃんはみんな本気じゃないじゃん…」
簡単に慰められるのが嫌で、亜樹はフンって鼻を鳴らして零央ちゃんから目を逸らす。
すると視界に入った直ちゃんも手を上げた。
「俺も俺も!俺だって麻衣にいっつもアタックしてんのに相手にされねぇぞ!俺はいつだって本気なのに!」
確かに直ちゃんは本気だけど…だって麻衣には好きな人がいるからしょーがないじゃん(直ちゃんは知らないけど)。
亜樹はまたフンってして、正面に座ってた犬に飛び付く。
柔らかい毛に顔を埋めるとあったかくてなんだか落ち着いた。
「また好きな人作りゃいいじゃん」
「そんな簡単なことじゃないんですぅ」
「大河内!根性だ!熱くアタックし続ければいつかは…!」
「亜樹は直ちゃんとは違うんですぅ」
犬の毛並みの中から空が見える。
太陽が黄色く輝いてる。
もうすぐ夕方だ。
爽やかな午後。爽やかな匂い。
でも亜樹の心は全然爽やかじゃないはずだったのに。
なんだか匂いに負けて顔がにやけてしまいそうだ。
「大河内ぃ~機嫌直せよぉ」
「新藤が言ってたぞ!ノーヤク口に苦いッスって!シイ君とやらはきっと大河内のいい農薬になったって!」
「農薬って野菜じゃん。大河内は野菜じゃねぇよ?」
「それでいいんだよ!なんかこんなこと言うのが頭良いんだよ」
「待ってろよぉ、今俺が農薬買ってきてやるからそれ飲めば…(死にます)」
正しくは良薬口に苦しなんだけど、亜樹達はバカだから分かんない。
でもあんまりにも零央ちゃんと直ちゃんがバカだから、なんか亜樹もバカのまんまでいいかもしれない。
凄くくだらないことで悩んでたような気になってきた。
空はだんだんピンク色に染まってくる。今日は夕焼けまでが爽やかだ。
子供はみんな帰る時間。
あと少しだけここにいたら、亜樹の心も完全に負けて、爽やかになる気がする。
「直ちゃん、零央ちゃん」
亜樹は鼻が詰まった情けない声で二人を呼んだ。
両側からハイッ!て返事が聞こえる。
二人ともバカでバカで仕方ないのに、亜樹のこと慰めようって頑張ってくれてるんだ。
「あそこまでお空が全部ピンクになるまで、一緒にいてくれる…?」
そしたらきっと亜樹もまた元気になれるよ。
二人はバカらしく、おうよ!ってでっかい声で返事した。
13.ピンク色の空まで。
なんかこういうバカな人達のやりとりが好きだ。
日常生活に支障ある程言語能力がない。
GIVE and TAKE
MASATO&SHIZUKU
なんということだろう。
いつだって俺は運が悪くて詰めも悪い。
この日なら雫と会えるというデートの日に仕事が入るのはいつものことだし、同じモデルをしてる麻衣の恋人役として撮ったポラを貰ったまま捨て忘れて雫に見られることもあるし、この間なんて何週間もお預けくらった挙句のキスを、雫の部屋でしようとしてドアの鍵閉め忘れて彼女の父親入ってくるし、とにかく俺は駄目すぎる。
それは認める。
けれども、これはさすがに、まずいのではないだろうか。
俺は事務所で一人、頭を抱えてうずくまっていた。
最初に弁解しておこう。
俺は何も、忘れていた訳じゃない。
きちんと確認したし、手帳にも書いてある。
ただ、ちょっと運と詰めが甘かっただけ…。
なんて、結局悪いのは俺なんだけど。
今、俺の目の前にはマネージャーが立っていて、今後の予定の最終確認をしている。
その予定というのは二週間前に決定したもので、俺はきちんと把握しているつもりだった。
が、今見た予定には、あのときにはなかったはずのものが追加されているのだ。
5月15日、撮影所Fromで、ブランドYou'sの夏の新作の撮影。
それは、俺の最愛の彼女、三上雫の誕生日だ。
信じられない。
その日俺はもう雫とデートの約束を取り付けて、普段なら恥ずかしがって絶対にこんな行事はしたがらない彼女をなんとか説得して祝う予定だったのだ。
遊園地の前売りチケットも買ったし、夕飯も予約してある。
バイクのメンテもしたし、プレゼントも買った。
雫だって、最後の最後には折れて、仕方ないなぁと言いながらもうれしそうにしていたのに!
「でも私、この間言いましたよ」
「…そういえば」
呆れた顔で手帳と俺の顔を見比べる俺のマネージャー榎本妃姫(えのもときさき)はざっくらばんとしたショートカットの髪をがしがしと掻いた。
俺は、記憶を探っていた。
あれは一週間前のこと。
仕事を終えて帰りの車の中、運転していた妃姫は言ったのだ。
予定に変更があったから明日事務所で確認してくれと。
もし都合が付かないなら、明日中に言ってくれれば明日中なら変更できる、と。
俺はあの時学校で遊びがあったのと仕事とで酷く疲れていて、しかも前日オールで飲んだせいで眠さの限界だった。
しかしそんな態度を出すのも癪で、本を読むふりをして妃姫さんに毅然と分かったと返事をしたのだ。
あぁ、もう本当に俺という奴は。
「えぇ!彼女の誕生日!?」
「しかも…もう約束しちゃった…」
「なんでそんな大事なことがあるのにきちんと確認しないんですか!」
「だってー!」
余りに俺が落ち込んでいるのを見かねて妃姫さんが帰りにバーに連れていってくれた。
普段なら酒が飲める俺だが、妃姫さんと一緒なのでウーロン茶を飲まされながら飯を食らう。
デビュー当時から面倒を見てくれた妃姫さんは今じゃ姉貴のような存在で、俺の話を聞いて、俺を叱り飛ばす。
「あーもー…すげぇ説得して遊ぶ約束したのにぃー…」
「雫ちゃんもの凄くショック受けますよ…きっと宮辺君の見てないところで」
「くぅ、妃姫さん雫のことよく分かってんね…」
確か、2月の俺の誕生日の時は俺のファンの子達が追いかけてきちゃって、結局遊べなくて散々逃げ回った挙句に夜になってから俺の部屋に帰ってきて、ご飯を作っている最中に日付が変わってしまったのだ。
ここまでくるともう、誕生日というワード自体に何か呪いがあるのではなんて考えてしまう。
いや、俺の詰めが甘いだけだけど…。
「ねぇそういえば、宮辺君のお姉さん、Fromに勤めてますよね?」
「あぁ、うん…そういえばね」
「お姉さんと雫ちゃんてお友達なんじゃ?」
「そうだね」
「じゃあ、お姉さんに頼んで、雫ちゃん撮影所に入れて貰えばいいんじゃない?」
デスクに突っ伏していた俺は彼女のその言葉に顔を上げた。
そうだ。
一介のガキモデルの俺が頼んだんじゃ全然あそこの社長は聞いてくれないけれど、社長の恋人である俺の姉ちゃんが頼めば絶対別なはずだ。
あそこのデザイナー兼社長は姉ちゃんにベタ惚れなのだ。
そして悪魔である(小悪魔じゃない、完全にあの人は悪魔だ)姉ちゃんの言うことに逆らえないはず。
せめて、彼女の誕生日に一緒に居られれば…。
「駄目に決まってんでしょ」
「ねえええちゃああああん」
しかし、その希望は即座に打ち消された。
俺の姉ちゃんは悪魔だけど自分のことでなければ道理を通すらしい…。
俺はそのことを頼む為だけに数ヶ月ぶりに実家に帰って今は実家からFromへ通っている姉ちゃんに土下座までしたのだが、彼女は一言でばっさり俺を切った。
「あのねぇ正人。いくら雫でも部外者は部外者なのよ。あの人の神聖な職場にあんたの都合だけで出入りできる訳ないでしょ。…それにあんたが悪いんだから私に頼らず自分でなんとかしな」
「絶対それ最後のだけが理由だろ!しょっちゅう部外者出入りしてるじゃんあそこ!」
「あんた」
仕事が終わってから来たから今は深夜。
俺は風呂上りの姉ちゃんを追いかけて、彼女の部屋で座り込んでいる俺。
姉ちゃんは椅子に足を組んで座って煙草を吸っていたが、これでもかと見下した目で煙を吐き出して、冷たい声を出した。
「お姉様に逆らうつもりなの」
大変申し訳ありませんでしたと言う以外に、何か俺に出来ることがあっただろうか…。
ごめんな、雫。
ごめんな、なんて、もう付き合い始めてから何度彼女に言っただろう。
顔は良い、なんてクラスの女子や外部にももてはやされる俺だけど、彼女の前で俺は本当にかっこ悪くて、情けない。
本当は彼女の前でだけかっこよくいたいのに。
彼女はいつも我侭そうに振り回すふりをして、俺を使いパシリにするみたいにふるまおうとして、気丈に俺に怒るけれど、俺が何かしても最後には必ず笑って仕方ないねぇあんたは、と許してくれる。
Fの姐さんである彼女は俺に対してもそういう態度を取れる。
けど、俺は彼女が気丈にふるまおうとしているだけだって知っているから。
だから、彼女が何も考えられずに俺に甘えられるようにしっかりした男になりたいのに。
現実はいつも、ごめんなと謝るばかり。
どうして俺はかっこよくなれないんだろう。
「何しょげてんのさ?」
「うわっ」
不意に耳元で声がして俺は正気に戻る。
一瞬今何をしていたのか思い出せなくて、それから周囲を見渡して、雫とファミレスにいるのだと思い出す。
そうだ、今日は雫に、例の件を話さなければならないのだ。
「デザート頼んでい?ゼリー食いたい」
「おーいいぜ。つぅかさー雫ー」
「なにさ」
「俺、話があって…」
言いにくい…。
だってこれを言ったら、今はゼリーを待って楽しそうにしている彼女の笑顔が消えてしまう。
それからすぐにそんな残念そうな無表情さえ消して、嘘の笑顔を作ってしまう。
俺はまた彼女に、ごめんなって…。
言わなければならない。
俺は口を開いたまま固まった。
きっと、既に俺が泣きそうな顔をしているのに彼女は気付いているに違いない。
あぁごめん雫。
本当に俺って奴は。
きっと、こんなことばかりしていたら彼女は、俺に愛想を尽きてしまうよ。
俺は彼女とだけは別れたくないのに、どうしてこんなにうまく行かないんだろう。
「あぁそういえばね正人」
そんな俺じゃ埒が明かないと思ったのか、雫は溜息混じりに俺を遮って喋り始めた。
泣きそうになりながら、俺はびくびくして彼女の次の言葉を待つ。
「あたし、誕生日駄目になったから」
「え!」
「親父に手伝えって言われてんの。悪いねぇ。でもまぁ誕生日なんて別に大したもんじゃないし、いいでしょ」
「えええ!」
彼女の台詞は想像も付かないものだった。
俺は思わず立ち上がってしまう。
しまった、こんなことをしたらまた周囲に俺の正体がバレるかも…。
それにしてもこんなことってない。
ていうかありえない。
だって、彼女の父親は彼女を溺愛していて、彼女の誕生日に自分が仕事を休みはせども、彼女に仕事を与えるなんて絶対にない。
それ以上は語ろうとせずに話題を打ち切って、店員の運んできた白桃ゼリーをほうばる彼女を、俺はじいっと凝視していた。
と、その瞬間に俺のケータイが鳴る。
姉ちゃんだ。
『雫にこないだのこと喋っちゃった☆』
ねえええちゃああああん!
説明しておこう。
俺の姉ちゃんと雫は俺達が付き合うもっと前から仲の良い親友なのだ。
というのも姉ちゃんと雫は二人とも地域でやっている黒魔術研究サークルの会員で、とても馬が合うのだ。
俺が雫に惚れた経緯も姉ちゃんにあって、むしろ二人は俺より仲がいい…。
なるほど。
姉ちゃんは先手を打っていたのだ。
恐らく、事態を引っ掻き回して俺で遊ぶ為だけにわざと!まさに悪魔!
姉ちゃんから聞いていたから、俺を困らせない為にそんな嘘をついたっていうのか?
本当は俺を責めたいのを我慢して?
こんな雫を可哀想だと思わないのかという怨み言は姉ちゃんには通用しない。
何故なら雫と姉ちゃんはそういう風にお互いに虐めあって楽しんでいるような仲なのだから。
「し、雫…」
あぁもう、俺はなんてバカなんだ。
彼女に気を使っている気でいながら、彼女に気を使われている。
もう、彼氏失格だ。
けど、俺は彼女とだけは別れたくない。
「雫!」
周囲の目も気にせず俺は立ち上がった。
彼女は驚いてゼリーを食べる手を止める。
俺はそんな彼女の腕を引っ張って、伝票を握りしめレジへ向かった。
「何してんの!あたしまだゼリー…」
「雫!ほんっとうにごめん!」
そのまま会計を済ませて、財布の中にお金が入っているのを確認して。
俺は彼女にバイクのヘルメを被せた。
そして後部に乗せて、エンジンをかける。
「今すぐ親父さんに今日は帰れないってメールして!」
「はぁ…?」
「海に行こう。誕生日に一緒にいれないのは俺のせいだ。だから、今日が誕生日ってことにしよう!」
あと4時間で日付が変わってしまう。
それまで、今日は雫の誕生日ということにしよう。
メンテを済ませたばかりのバイクはある。
夕食はもう食べちゃったし、遊園地なんて開いてないし、買ったプレゼントも今は持っていないけれど。
全部全部なんとかなる!
心の底から俺は謝るよ。
海についたら君の見たいものは全部見せてあげる。
君の欲しいものは全部手に入れてあげる。
日付が変わるまで俺はうざいくらい君に愛を囁こう。
そして二人、甘い甘いキスをしよう!
『お題8.『なんということだ』で始まり『そして二人は甘い甘いキスをした』で終わる小説』でした。
まだろくに出てきてないお二人のお話。
多分二人の恋の話は本編ではあまりできないからね。
いやぁそれにしてもGIVEは登場人物多くて助かるわー。
MASATO&SHIZUKU
なんということだろう。
いつだって俺は運が悪くて詰めも悪い。
この日なら雫と会えるというデートの日に仕事が入るのはいつものことだし、同じモデルをしてる麻衣の恋人役として撮ったポラを貰ったまま捨て忘れて雫に見られることもあるし、この間なんて何週間もお預けくらった挙句のキスを、雫の部屋でしようとしてドアの鍵閉め忘れて彼女の父親入ってくるし、とにかく俺は駄目すぎる。
それは認める。
けれども、これはさすがに、まずいのではないだろうか。
俺は事務所で一人、頭を抱えてうずくまっていた。
最初に弁解しておこう。
俺は何も、忘れていた訳じゃない。
きちんと確認したし、手帳にも書いてある。
ただ、ちょっと運と詰めが甘かっただけ…。
なんて、結局悪いのは俺なんだけど。
今、俺の目の前にはマネージャーが立っていて、今後の予定の最終確認をしている。
その予定というのは二週間前に決定したもので、俺はきちんと把握しているつもりだった。
が、今見た予定には、あのときにはなかったはずのものが追加されているのだ。
5月15日、撮影所Fromで、ブランドYou'sの夏の新作の撮影。
それは、俺の最愛の彼女、三上雫の誕生日だ。
信じられない。
その日俺はもう雫とデートの約束を取り付けて、普段なら恥ずかしがって絶対にこんな行事はしたがらない彼女をなんとか説得して祝う予定だったのだ。
遊園地の前売りチケットも買ったし、夕飯も予約してある。
バイクのメンテもしたし、プレゼントも買った。
雫だって、最後の最後には折れて、仕方ないなぁと言いながらもうれしそうにしていたのに!
「でも私、この間言いましたよ」
「…そういえば」
呆れた顔で手帳と俺の顔を見比べる俺のマネージャー榎本妃姫(えのもときさき)はざっくらばんとしたショートカットの髪をがしがしと掻いた。
俺は、記憶を探っていた。
あれは一週間前のこと。
仕事を終えて帰りの車の中、運転していた妃姫は言ったのだ。
予定に変更があったから明日事務所で確認してくれと。
もし都合が付かないなら、明日中に言ってくれれば明日中なら変更できる、と。
俺はあの時学校で遊びがあったのと仕事とで酷く疲れていて、しかも前日オールで飲んだせいで眠さの限界だった。
しかしそんな態度を出すのも癪で、本を読むふりをして妃姫さんに毅然と分かったと返事をしたのだ。
あぁ、もう本当に俺という奴は。
「えぇ!彼女の誕生日!?」
「しかも…もう約束しちゃった…」
「なんでそんな大事なことがあるのにきちんと確認しないんですか!」
「だってー!」
余りに俺が落ち込んでいるのを見かねて妃姫さんが帰りにバーに連れていってくれた。
普段なら酒が飲める俺だが、妃姫さんと一緒なのでウーロン茶を飲まされながら飯を食らう。
デビュー当時から面倒を見てくれた妃姫さんは今じゃ姉貴のような存在で、俺の話を聞いて、俺を叱り飛ばす。
「あーもー…すげぇ説得して遊ぶ約束したのにぃー…」
「雫ちゃんもの凄くショック受けますよ…きっと宮辺君の見てないところで」
「くぅ、妃姫さん雫のことよく分かってんね…」
確か、2月の俺の誕生日の時は俺のファンの子達が追いかけてきちゃって、結局遊べなくて散々逃げ回った挙句に夜になってから俺の部屋に帰ってきて、ご飯を作っている最中に日付が変わってしまったのだ。
ここまでくるともう、誕生日というワード自体に何か呪いがあるのではなんて考えてしまう。
いや、俺の詰めが甘いだけだけど…。
「ねぇそういえば、宮辺君のお姉さん、Fromに勤めてますよね?」
「あぁ、うん…そういえばね」
「お姉さんと雫ちゃんてお友達なんじゃ?」
「そうだね」
「じゃあ、お姉さんに頼んで、雫ちゃん撮影所に入れて貰えばいいんじゃない?」
デスクに突っ伏していた俺は彼女のその言葉に顔を上げた。
そうだ。
一介のガキモデルの俺が頼んだんじゃ全然あそこの社長は聞いてくれないけれど、社長の恋人である俺の姉ちゃんが頼めば絶対別なはずだ。
あそこのデザイナー兼社長は姉ちゃんにベタ惚れなのだ。
そして悪魔である(小悪魔じゃない、完全にあの人は悪魔だ)姉ちゃんの言うことに逆らえないはず。
せめて、彼女の誕生日に一緒に居られれば…。
「駄目に決まってんでしょ」
「ねえええちゃああああん」
しかし、その希望は即座に打ち消された。
俺の姉ちゃんは悪魔だけど自分のことでなければ道理を通すらしい…。
俺はそのことを頼む為だけに数ヶ月ぶりに実家に帰って今は実家からFromへ通っている姉ちゃんに土下座までしたのだが、彼女は一言でばっさり俺を切った。
「あのねぇ正人。いくら雫でも部外者は部外者なのよ。あの人の神聖な職場にあんたの都合だけで出入りできる訳ないでしょ。…それにあんたが悪いんだから私に頼らず自分でなんとかしな」
「絶対それ最後のだけが理由だろ!しょっちゅう部外者出入りしてるじゃんあそこ!」
「あんた」
仕事が終わってから来たから今は深夜。
俺は風呂上りの姉ちゃんを追いかけて、彼女の部屋で座り込んでいる俺。
姉ちゃんは椅子に足を組んで座って煙草を吸っていたが、これでもかと見下した目で煙を吐き出して、冷たい声を出した。
「お姉様に逆らうつもりなの」
大変申し訳ありませんでしたと言う以外に、何か俺に出来ることがあっただろうか…。
ごめんな、雫。
ごめんな、なんて、もう付き合い始めてから何度彼女に言っただろう。
顔は良い、なんてクラスの女子や外部にももてはやされる俺だけど、彼女の前で俺は本当にかっこ悪くて、情けない。
本当は彼女の前でだけかっこよくいたいのに。
彼女はいつも我侭そうに振り回すふりをして、俺を使いパシリにするみたいにふるまおうとして、気丈に俺に怒るけれど、俺が何かしても最後には必ず笑って仕方ないねぇあんたは、と許してくれる。
Fの姐さんである彼女は俺に対してもそういう態度を取れる。
けど、俺は彼女が気丈にふるまおうとしているだけだって知っているから。
だから、彼女が何も考えられずに俺に甘えられるようにしっかりした男になりたいのに。
現実はいつも、ごめんなと謝るばかり。
どうして俺はかっこよくなれないんだろう。
「何しょげてんのさ?」
「うわっ」
不意に耳元で声がして俺は正気に戻る。
一瞬今何をしていたのか思い出せなくて、それから周囲を見渡して、雫とファミレスにいるのだと思い出す。
そうだ、今日は雫に、例の件を話さなければならないのだ。
「デザート頼んでい?ゼリー食いたい」
「おーいいぜ。つぅかさー雫ー」
「なにさ」
「俺、話があって…」
言いにくい…。
だってこれを言ったら、今はゼリーを待って楽しそうにしている彼女の笑顔が消えてしまう。
それからすぐにそんな残念そうな無表情さえ消して、嘘の笑顔を作ってしまう。
俺はまた彼女に、ごめんなって…。
言わなければならない。
俺は口を開いたまま固まった。
きっと、既に俺が泣きそうな顔をしているのに彼女は気付いているに違いない。
あぁごめん雫。
本当に俺って奴は。
きっと、こんなことばかりしていたら彼女は、俺に愛想を尽きてしまうよ。
俺は彼女とだけは別れたくないのに、どうしてこんなにうまく行かないんだろう。
「あぁそういえばね正人」
そんな俺じゃ埒が明かないと思ったのか、雫は溜息混じりに俺を遮って喋り始めた。
泣きそうになりながら、俺はびくびくして彼女の次の言葉を待つ。
「あたし、誕生日駄目になったから」
「え!」
「親父に手伝えって言われてんの。悪いねぇ。でもまぁ誕生日なんて別に大したもんじゃないし、いいでしょ」
「えええ!」
彼女の台詞は想像も付かないものだった。
俺は思わず立ち上がってしまう。
しまった、こんなことをしたらまた周囲に俺の正体がバレるかも…。
それにしてもこんなことってない。
ていうかありえない。
だって、彼女の父親は彼女を溺愛していて、彼女の誕生日に自分が仕事を休みはせども、彼女に仕事を与えるなんて絶対にない。
それ以上は語ろうとせずに話題を打ち切って、店員の運んできた白桃ゼリーをほうばる彼女を、俺はじいっと凝視していた。
と、その瞬間に俺のケータイが鳴る。
姉ちゃんだ。
『雫にこないだのこと喋っちゃった☆』
ねえええちゃああああん!
説明しておこう。
俺の姉ちゃんと雫は俺達が付き合うもっと前から仲の良い親友なのだ。
というのも姉ちゃんと雫は二人とも地域でやっている黒魔術研究サークルの会員で、とても馬が合うのだ。
俺が雫に惚れた経緯も姉ちゃんにあって、むしろ二人は俺より仲がいい…。
なるほど。
姉ちゃんは先手を打っていたのだ。
恐らく、事態を引っ掻き回して俺で遊ぶ為だけにわざと!まさに悪魔!
姉ちゃんから聞いていたから、俺を困らせない為にそんな嘘をついたっていうのか?
本当は俺を責めたいのを我慢して?
こんな雫を可哀想だと思わないのかという怨み言は姉ちゃんには通用しない。
何故なら雫と姉ちゃんはそういう風にお互いに虐めあって楽しんでいるような仲なのだから。
「し、雫…」
あぁもう、俺はなんてバカなんだ。
彼女に気を使っている気でいながら、彼女に気を使われている。
もう、彼氏失格だ。
けど、俺は彼女とだけは別れたくない。
「雫!」
周囲の目も気にせず俺は立ち上がった。
彼女は驚いてゼリーを食べる手を止める。
俺はそんな彼女の腕を引っ張って、伝票を握りしめレジへ向かった。
「何してんの!あたしまだゼリー…」
「雫!ほんっとうにごめん!」
そのまま会計を済ませて、財布の中にお金が入っているのを確認して。
俺は彼女にバイクのヘルメを被せた。
そして後部に乗せて、エンジンをかける。
「今すぐ親父さんに今日は帰れないってメールして!」
「はぁ…?」
「海に行こう。誕生日に一緒にいれないのは俺のせいだ。だから、今日が誕生日ってことにしよう!」
あと4時間で日付が変わってしまう。
それまで、今日は雫の誕生日ということにしよう。
メンテを済ませたばかりのバイクはある。
夕食はもう食べちゃったし、遊園地なんて開いてないし、買ったプレゼントも今は持っていないけれど。
全部全部なんとかなる!
心の底から俺は謝るよ。
海についたら君の見たいものは全部見せてあげる。
君の欲しいものは全部手に入れてあげる。
日付が変わるまで俺はうざいくらい君に愛を囁こう。
そして二人、甘い甘いキスをしよう!
『お題8.『なんということだ』で始まり『そして二人は甘い甘いキスをした』で終わる小説』でした。
まだろくに出てきてないお二人のお話。
多分二人の恋の話は本編ではあまりできないからね。
いやぁそれにしてもGIVEは登場人物多くて助かるわー。
お久しぶりです。
あの日からまた一年が経ちましたね。君は元気ですか。
現在、僕はフランスを離れて、イタリアで建築の勉強をしています。
日本にいた頃の数倍も忙しくて、苦しくて、充実した毎日を過ごしています。
そんなことだから、本当は行きの飛行機の中ですぐにでも手紙を書こうと思っていたのに、こんなにも時間が経ってしまいました。
僕にとっては一瞬だったこの一年だけれども、君にとってはきっと長かったろうね。
僕のことを友達甲斐のない奴だ、なんて思ってるのかな。
君はもうすぐ就職ですね。
もう、就職先は決まりましたか?
あの頃話していた夢は、叶いそうですか?
あの頃、僕はよく君に『少女だった頃の君を見ていたかった』と、『高校生だった頃の君を見ていたかった』と言いましたね。
今も変わりません。
大学を卒業した君を、見てみたかった。
この間、イタリアでデザイナーズハウスの内装を手がけました。
屋根裏部屋のコンセプトはやっぱりカフェラテです。
君の飲んでいたあのカップの中を、いつも思い返しながら作っています。
僕にとって、君との日々は、カフェラテでした。
君との日々を思い返せば、目に浮かぶのはあの柔らかな色合いと、香ばしい香り、それから甘くてほんの少し苦い味。
君の笑った顔や怒った顔や、愛しくていつも見ていた寝顔は、思い出せません。
思い出したくないのかもしれないけれど。
けれど、君の、カフェラテの泡のような柔らかい声は、今でも夢に出てきます。
君は、いつだって僕を励ましてくれていたね。
君との一年間は、僕の宝物です。
あと二年間したら、日本に帰るつもりです。
日本中を巡って、仕事をしながら日本建築の勉強をするからです。
けれども、きっと僕達はもう二度と会うことはないでしょうね。
僕も、そして君もそれを望んでいるからです。
あの日、別れる朝。
君は笑いながら泣いてくれましたね。
本当はずっと愛しているのだと。
それは僕も同じです。
君のことを、ずっと愛し続けていたい。
けれども、壊れていく愛は見たくないのです。
きっと、会ってしまえば僕はまた君と恋に落ちて、だけれどもあの一年間とは全く違う日々を過ごすことになります。
僕は、きっと君も、あの一年間のキラキラを、壊したくないのです。
これから先、もしかしたら今既にそうなのかもしれないけれど、君は新しい恋人を作るでしょう。
僕も、きっと大切な女性を見つけます。
僕は全力でその人を愛したいと思います。
君も、是非そうして下さい。
幸せになって欲しいから。
今では少し考えるときがあります。
あの時、一番最初の時、君に恋をしなければ良かったかもしれないと。
そうすれば、今もきっと友達として、普通に会えたかもしれないのにと。
けれどもすぐに打ち消すのです。
あの時君に恋をしない選択肢などなかったのだと。
何度やり直しても僕は君に恋をしたのだと。
分かっていても、友達でいいから君に会いたい僕がいます。
ねぇ、もし良かったら返事を下さい。
これから先、たまにでいいから手紙を出させて下さい。
ねぇ、君のことを教えて下さい。
君がこの先結婚した時にも、子供が生まれた時にも、きっときっと、知らせて下さい。
その時僕がどこにいるのかは分からないけれど、きっときっと、僕は君におめでとうと言うから。
けれども写真は送らないで下さい。
電話もしないでおきましょう。
身勝手なことを言っているのは分かっています。
けれども僕は、今僕の持っている君の記憶だけを大事に抱いて生きていきたいのです。
色褪せて、やがて全部消え失せてしまうまで、それだけを。
もうすぐイタリアは朝になります。
仕事に行かなければなりません。
君の幸せを、祈っています。どうか、お元気で。
カフェラテとクリーム色の好きな舞へ。
エスプレッソとグラタンの好きな透より。
『24.ある人からの手紙、風な小説』
カフェラテの番外編でやってみました。
本編は舞の視点で彼女ばかりが彼のことを好きみたいだったので透視点で。
こういうの嫌な人多いよね…。でもまぁドンマイ☆
多分、舞は大学が一緒で同期で会社に入ったエリートと25くらいで結婚します。で、退社して、白金かどっかの大きい一軒屋で子育てをするんです。
透は、そのうち凄く有名になって30代後半でテレビで一緒した女優か誰かと結婚することでしょう。
けど子供が出来て仕事の都合で離婚して独り手で子供を育てます。
子育てが終わった頃、ふと舞の旦那を通じて仕事で再会することでしょう。
それ以来二人とも時たま会うようになって良き友達になるんです。
きっと舞は年をとっても美人で儚げなマダムです。
舞の旦那が40くらいで亡くなって未亡人になるのもいいですね。
その時はきっと舞の子供と透の子供を一緒に育てます。
そのうち一緒に暮らすようになって、結婚してとても遠回りなハッピーエンドでもいい気がします。
こんなこと書いて、また本編読み直すと泣けてきますね…。舞とか未成年だよ…。
あの日からまた一年が経ちましたね。君は元気ですか。
現在、僕はフランスを離れて、イタリアで建築の勉強をしています。
日本にいた頃の数倍も忙しくて、苦しくて、充実した毎日を過ごしています。
そんなことだから、本当は行きの飛行機の中ですぐにでも手紙を書こうと思っていたのに、こんなにも時間が経ってしまいました。
僕にとっては一瞬だったこの一年だけれども、君にとってはきっと長かったろうね。
僕のことを友達甲斐のない奴だ、なんて思ってるのかな。
君はもうすぐ就職ですね。
もう、就職先は決まりましたか?
あの頃話していた夢は、叶いそうですか?
あの頃、僕はよく君に『少女だった頃の君を見ていたかった』と、『高校生だった頃の君を見ていたかった』と言いましたね。
今も変わりません。
大学を卒業した君を、見てみたかった。
この間、イタリアでデザイナーズハウスの内装を手がけました。
屋根裏部屋のコンセプトはやっぱりカフェラテです。
君の飲んでいたあのカップの中を、いつも思い返しながら作っています。
僕にとって、君との日々は、カフェラテでした。
君との日々を思い返せば、目に浮かぶのはあの柔らかな色合いと、香ばしい香り、それから甘くてほんの少し苦い味。
君の笑った顔や怒った顔や、愛しくていつも見ていた寝顔は、思い出せません。
思い出したくないのかもしれないけれど。
けれど、君の、カフェラテの泡のような柔らかい声は、今でも夢に出てきます。
君は、いつだって僕を励ましてくれていたね。
君との一年間は、僕の宝物です。
あと二年間したら、日本に帰るつもりです。
日本中を巡って、仕事をしながら日本建築の勉強をするからです。
けれども、きっと僕達はもう二度と会うことはないでしょうね。
僕も、そして君もそれを望んでいるからです。
あの日、別れる朝。
君は笑いながら泣いてくれましたね。
本当はずっと愛しているのだと。
それは僕も同じです。
君のことを、ずっと愛し続けていたい。
けれども、壊れていく愛は見たくないのです。
きっと、会ってしまえば僕はまた君と恋に落ちて、だけれどもあの一年間とは全く違う日々を過ごすことになります。
僕は、きっと君も、あの一年間のキラキラを、壊したくないのです。
これから先、もしかしたら今既にそうなのかもしれないけれど、君は新しい恋人を作るでしょう。
僕も、きっと大切な女性を見つけます。
僕は全力でその人を愛したいと思います。
君も、是非そうして下さい。
幸せになって欲しいから。
今では少し考えるときがあります。
あの時、一番最初の時、君に恋をしなければ良かったかもしれないと。
そうすれば、今もきっと友達として、普通に会えたかもしれないのにと。
けれどもすぐに打ち消すのです。
あの時君に恋をしない選択肢などなかったのだと。
何度やり直しても僕は君に恋をしたのだと。
分かっていても、友達でいいから君に会いたい僕がいます。
ねぇ、もし良かったら返事を下さい。
これから先、たまにでいいから手紙を出させて下さい。
ねぇ、君のことを教えて下さい。
君がこの先結婚した時にも、子供が生まれた時にも、きっときっと、知らせて下さい。
その時僕がどこにいるのかは分からないけれど、きっときっと、僕は君におめでとうと言うから。
けれども写真は送らないで下さい。
電話もしないでおきましょう。
身勝手なことを言っているのは分かっています。
けれども僕は、今僕の持っている君の記憶だけを大事に抱いて生きていきたいのです。
色褪せて、やがて全部消え失せてしまうまで、それだけを。
もうすぐイタリアは朝になります。
仕事に行かなければなりません。
君の幸せを、祈っています。どうか、お元気で。
カフェラテとクリーム色の好きな舞へ。
エスプレッソとグラタンの好きな透より。
『24.ある人からの手紙、風な小説』
カフェラテの番外編でやってみました。
本編は舞の視点で彼女ばかりが彼のことを好きみたいだったので透視点で。
こういうの嫌な人多いよね…。でもまぁドンマイ☆
多分、舞は大学が一緒で同期で会社に入ったエリートと25くらいで結婚します。で、退社して、白金かどっかの大きい一軒屋で子育てをするんです。
透は、そのうち凄く有名になって30代後半でテレビで一緒した女優か誰かと結婚することでしょう。
けど子供が出来て仕事の都合で離婚して独り手で子供を育てます。
子育てが終わった頃、ふと舞の旦那を通じて仕事で再会することでしょう。
それ以来二人とも時たま会うようになって良き友達になるんです。
きっと舞は年をとっても美人で儚げなマダムです。
舞の旦那が40くらいで亡くなって未亡人になるのもいいですね。
その時はきっと舞の子供と透の子供を一緒に育てます。
そのうち一緒に暮らすようになって、結婚してとても遠回りなハッピーエンドでもいい気がします。
こんなこと書いて、また本編読み直すと泣けてきますね…。舞とか未成年だよ…。